2024年版スポーツ栄養学最新理論
出版社:市村出版
【サイズ】A5判
【ページ数】265P
2024年11月発行
編著者
川中健太郎 福岡大学スポーツ科学部 教授
寺田 新 東京大学大学院総合文化研究科 教授
著者
飯塚 太郎 公益財団法人日本バドミントン協会 ナショナルチーム パフォーマンス分析スタッフ
池戸 葵 愛媛大学プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門 特定研究員
石橋 彩 東洋大学健康スポーツ科学部 助教
井上なぎさ フリーランス 公認スポーツ栄養士
鍛島 秀明 県立広島大学地域創生学部 准教授
後藤 一成 立命館大学大学院スポーツ健康科学研究科 教授
塩瀬 圭佑 宮崎大学教育学部 准教授
藤田 聡 立命館大学大学院スポーツ健康科学研究科 教授
松井 崇 筑波大学体育系 助教
三浦 征 福岡大学スポーツ科学部 助教
宮地 元彦 早稲田大学スポーツ科学学術院 教授
安田 純 東海大学健康学部健康マネジメント学科 講師
(五十音順)
はじめに
パリを舞台に開催されたオリンピック・パラリンピック2024も閉幕しましたが、日本選手の活躍が目立ちました(金20、銀12、銅13)。編者(川中)が大学院で研究を始めた頃に開催された1988年ソウルオリンピックでは日本選手団のメダル獲得はわずか14個(金4、銀13、銅7)であったことを振り返ると、遂に日本は世界屈指のスポーツ大国になったとの感慨もあります。これらは、様々な視点から実施されてきた戦略的なアスリート強化策の成果でしょう。そして、オリ・パラアスリート強化策の重要な一翼を担っているのが、スポーツ栄養サポート(アスリートに対する栄養サポート)です。
実は1988年ソウルオリンピック前に日本代表選手に対する食事調査が実施されましたが、8割の選手は栄養摂取不足の状態だったそうです。そして、ソウルでの惨敗を契機として、いくつかの競技団体が専門家に食事サポートを要請しました。合宿や海外遠征に帯同するなどして、要請に見事に応えた管理栄養士の奮闘努力があり、1990年代にスポーツ栄養サポートは徐々に広がりをみせます。2012年ロンドンオリンピックからは選手村近くに最終調整拠点「ハイパフォーマンスサポートセンター」を設置して栄養サポートを実施しています。スポーツ栄養サポートに関しては、この30年間で飛躍的に整備が進みました。また、その対象もアスリートだけでなくスポーツ愛好家まで、さらに、競技能力向上だけでなく健康増進までと幅が広がりました。
スポーツ栄養学の研究面を振り返りましょう。世界的には、1939年に運動生理学者であるErik Christensenが、運動前の高糖質食摂取が持久力を高めることを明らかにしました。そして、1967年にストックホルム体育大学におけるChristensenの教え子であるPer-Olof Astrandによって、グリコーゲンローディングが提唱されました。これらが現代に繋がるスポーツ栄養学研究の系譜の始りといえます。また、編者(川中、寺田)の留学先(ワシントン大学医学部・セントルイス)のボスであった運動生理・生化学者John Holloszyは、「疾病予防」の観点から骨格筋代謝(ミトコンドリアや糖取り込み機能など)を研究していましたが、得られた知見は持久力向上の仕組みを解明するものでもあり、アスリートのトレーニング方法に大きな影響を与えました。そして、2000年シドニーオリンピックでスポーツ医学への貢献が認められて、国際オリンピック委員会(IOC)からOlympic Prize(スポーツ科学者に贈られる金メダル)が贈られました(当時、Holloszy Labに在籍していた川中はHolloszy先生の嬉しそうな様子をよく覚えています)。身体の仕組みはアスリートも普通の人も同じであり、運動・食事が疾病を予防する仕組みは、それらがアスリートを強化する仕組みと基本的には同じだったわけです。このように「健康増進・疾病予防」ならびに「体力・競技パフォーマンス向上」の観点が相互に影響しあいながら、様々な分野の研究者の力によってスポーツ栄養学の研究は発展しました。
今回、スポーツ栄養の視点持って活動している国内の研究者のなかでも、2020年の東京オリンピック・パラリンピックイヤーに発刊されたものを全面改訂したものです。スポーツ栄養の視点をもって活動している国内の研究者のなかでも、2024年の東京オリンピック・パラリンピックイヤー以降の4年間に、特にユニークなエビデンスを発信している方々に本書の執筆をお願いしました。本書の特徴は、スポーツ栄養に関する「基礎知識」を解説するのではなく、「可能性の段階にある最新・最先端の研究内容」を中心に紹介することです。本書の読者には、スポーツ栄養学の最新研究動向を知りたいとの意欲にあふれるスポーツ栄養士や健康運動指導に関わる方が多いと想像しています。新しい食事・運動処方は新しい理論から生まれます。本書に書かれた最新理論を活かした新処方を、是非、指導現場で試してください。その結果、期待した成果が得られることもあれば、成果が得られないこともあると思います。いずれの場合にせよ、事例報告・症例報告として学会等で積極的に報告し、その情報を研究者と共有していただきたいと思います。この作業を介して、指導現場と研究者の間で情報のやり取りが行われ、理論の改訂が進み、「エビデンスに基づいたスポーツ栄養サポート」が確立します。それぞれ別個に発展してきた「スポーツ栄養サポート」と「スポーツ栄養学研究」を読者の皆さんの力で融合していただければ幸いです。
2024.9
編集者 川中 健太郎
寺田 新
【目次】
はじめに
1章 糖質摂取とパフォーマンス 塩瀬 圭佑
1.糖質の消費と貯蔵
(1)糖質の貯蔵
(2)糖質の消費
(3)筋グリコーゲン量の低下と疲労
2.試合数日前の糖質摂取:カーボローディング
3.トレーニング・試合当日の糖質摂取
4.トレーニング・試合中の糖質摂取
(1)糖質の混合摂取
(2)胃腸トレーニング
(3)糖質の摂取形態
(4)糖質マウスリンス
5.運動後の糖質摂取
(1)短時間での回復
(2)翌日までの回復
6.糖質とたんぱく質の同時摂取
7.アスリートの糖質摂取の状況
8.女性アスリートの糖質摂取
(1)運動前の糖質摂取
(2)運動中の糖質摂取
(3)運動後の糖質摂取
9.糖質制限と運動パフォーマンス
(1)運動前後の糖質制限
(2)糖質制限による筋適応のメカニズム
(3)パフォーマンスへの影響
まとめ
2章 たんぱく質摂取とパフォーマンス 藤田 聡・安田 純
1.たんぱく質摂取とパフォーマンスの考え方
2.アミノ酸によるたんぱく質代謝の調節
3.たんぱく質の種類の違いと筋たんぱく質代謝への影響
(1)たんぱく質の種類とIAAおよびロイシン含有率
(2)たんぱく質の種類と筋肥大の応答
(3)植物性食品におけるたんぱく質量の確保の注意点
(4)たんぱく質抽出物としてのプロテインサプリメントの活用
4.1日のたんぱく質摂取量(減量・増量での摂取量,危険性,1食での摂取量)
(1)減量時のたんぱく質摂取量
(2)増量時のたんぱく質摂取量
(3)たんぱく質摂取の危険性
(4)MPSを最大化する1食でのたんぱく質摂取量
5.たんぱく質の摂取タイミング
まとめ
3章 脂質摂取とパフォーマンス 寺田 新
1.低脂質・超高糖質食とパフォーマンス
2.中程度脂質食とパフォーマンス
3.競技選手の身体組成およびコンディションと中鎖脂肪酸
4.筋たんぱく質代謝と中鎖脂肪酸
おわりに
4章 鉄代謝とパフォーマンス 石橋 彩・後藤 一成
1.生体内の鉄の働き
2.貧血の評価
3.鉄状態が運動パフォーマンスに与える影響
(1)鉄欠乏と運動パフォーマンス
(2)鉄過剰と運動パフォーマンス
4.スポーツ選手の鉄代謝に影響を与える要因
(1)ヘプシジンの役割
(2)運動によるヘプシジン分泌
(3)スポーツ選手のヘプシジン分泌に影響を与える要因
1)エネルギーや糖質の不足
2)月経
3)低酸素環境
5.食事からの鉄摂取
(1)鉄の必要量
(2)食事に含まれる鉄
(3)鉄剤・鉄サプリメント
(4)鉄を摂取するタイミング
おわりに
5章 カルシウム・ビタミンD摂取とパフォーマンス 池戸 葵
1.骨組織の恒常性
(1)骨のリモデリング
(2)カルシウムの恒常性調節
2.カルシウム
(1)運動中のカルシウム恒常性の変化
(2)運動前のカルシウム摂取
3.ビタミンD
(1)ビタミンD不足の判定基準
(2)ビタミンDの疲労骨折予防効果
(3)カルシウムとビタミンDの併用摂取による疲労骨折予防効果
4.アスリートと骨量
5.エネルギー不足が骨に及ぼす影響
(1)エネルギー不足の評価
(2)エネルギー不足と月経異常
(3)エネルギー不足が骨組織に及ぼす影響
(4)エネルギー不足と骨髄脂肪
(5)エネルギー不足とビタミンD
6.骨の健康に必要な食事
おわりに
6章 運動パフォーマンスを支える消化器系機能 鍛島 秀明
1.長期間運動中における糖質飲料の摂取と消化器系機能
2.食事に対する消化器系機能の適応
3.一過性の運動が消化器系機能に及ぼす影響
4.運動の実施時刻が消化器系機能に及ぼす影響
5.長期的なトレーニングが消化器系機能に及ぼす影響
7章 腸内細菌叢と栄養・スポーツ 宮地 元彦
1.腸内細菌叢と宿主の健康や疾患との関連
2.食事・栄養素と腸内細菌叢
3.スポーツ・身体活動と腸内細菌叢
4.運動(トレーニング)と腸内細菌叢に関する縦断・介入研究
5.まとめと展望
8章 頭脳パフォーマンスと栄養 松井 崇
1.頭脳パフォーマンスの研究モデルとしてのeスポーツ
2.eスポーツにおけるスポーツ栄養学の貢献
3.eスポーツパフォーマンス構成要素と栄養学の可能性
4.eスポーツのパフォーマンスと健康におけるエナジードリンクの影響
(1)グルコースが高める認知パフォーマンス
(2)カフェインが高める認知機能とeスポーツパフォーマンス
(3)グルコースとカフェインの過剰摂取問題
(4)炭酸水が高めるeスポーツ時の認知パフォーマンス
5.通常の食事内容の改善は頭脳パフォーマンスに有効か
(1)低GI食
(2)プロテイン
6.カフェインに代わるエルゴジェニック・エイド:eスポーツのためのブレインフード
7.あるチームの事例
おわりに
9章 減量と増量 三浦 征・川中健太郎
1.エネルギー制限による減量
(1)エネルギー制限による体重減少
(2)エネルギー制限による体脂肪量減少
(3)エネルギー制限による除脂肪量減少
(4)エネルギー制限による除脂肪量減少の機序
1)エネルギー制限による筋たんぱく質合成低下の機序
2)エネルギー制限による筋たんぱく質上昇の機序
(5)エネルギー制限による除脂肪量減少に及ぼす因子
1)たんぱく質摂取量
2)糖質摂取量
3)元々の体脂肪量
4)冬眠動物
(6)エネルギー制限による消費量現象
(7)エネルギー制限が寿命や健康に及ぼす影響
2.エネルギー付加による増量
(1)エネルギー付加による体脂肪量増加
(2)エネルギー付加による除脂肪量増加
(3)エネルギー付加による除脂肪量増加のメカニズム
(4)エネルギー付加による除脂肪量増加に影響を及ぼす因子
(5)エネルギー付加の目安
おわりに
10章 トップアスリートへの栄養サポート 井上なぎさ・飯塚 太郎
1.実践的な栄養サポート
(1)バドミントン日本代表チームにおけるコンディショニングに関する課題
1)大会期間中のコンディショニング
2)年間を通じたコンディショニング
(2)栄養サポートの目的
(3)栄養サポートの流れ
1)実態調査
2)栄養評価
3)栄養教育
2.バドミントン日本代表チームに対する実践的なサポートの事例:大会期間中における身体組成の管理
(1)実態調査(客観的データの活用)
(2)栄養教育の実践
(3)チームに対する栄養教育への展開
3.実践的な栄養サポートがもたらす複合的な成果:バドミントン日本代表におけるビタミンD不足に対する
栄養介入の有効性
4.ジュニアアスリートへの実践的な栄養サポートの重要性
5.スポーツ栄養士の立場から持続的な国際競技力向上に貢献するために
索引